サービス業におけるSlackを活用したピアボーナス導入事例:リモートワーク下の心理的安全性を高め、エンゲージメントを向上させる施策
導入:リモートワーク移行後のエンゲージメント課題
株式会社A社(従業員数約300名、サービス業)は、新型コロナウイルス感染症の影響を受け、全社的にリモートワークへと移行しました。当初は業務効率の維持に注力していましたが、数ヶ月が経過するにつれ、従業員エンゲージメントの低下が顕在化してきました。特に、リモート環境では他者の貢献が見えにくくなり、日常的な感謝や称賛の機会が減少したことが課題として挙げられました。
具体的な問題点としては、以下のような声が従業員から聞かれるようになりました。 * 「自分の業務が誰かにどう役立っているのか、実感しにくい。」 * 「チームメンバーの頑張りが見えづらく、一体感が希薄になった。」 * 「上司とのコミュニケーションは取れるが、同僚や他部署との非公式な交流が減り、孤立感を感じることがある。」
人事部組織開発担当は、これらの課題に対し、従業員が互いの貢献を認識し、感謝し合える文化を醸成することがエンゲージメント向上の鍵であると判断しました。そこで、既存のコミュニケーション基盤であるSlackを活用した新たな施策の導入を検討しました。
施策概要:Slackを活用したピアボーナス制度の導入
A社が導入したのは、Slackを活用した「ピアボーナス制度」です。ピアボーナスとは、従業員同士が互いの貢献に対して少額の報酬やポイントを贈り合う制度を指します。A社では、金銭的な報酬ではなく、月間のピアボーナス獲得数に応じて「感謝ポイント」が付与され、福利厚生サービスに利用できる仕組みを設計しました。
この制度の主な目的は以下の通りです。 1. 貢献の可視化: リモートワーク下で見えにくくなった個々人の貢献を明確にし、正当に評価される機会を創出すること。 2. 心理的安全性の向上: 感謝やポジティブなフィードバックを日常的に交わすことで、チーム内の心理的安全性を高め、自由に意見を言い合える雰囲気を作ること。 3. チームの一体感醸成: 互いを認め合う文化を通じて、チーム全体の結束力とエンゲージメントを向上させること。
具体的なアクション
A社は、Slackの機能を最大限に活用し、ピアボーナス制度を運用しました。
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専用Slackチャンネルの開設:
#thanks_and_recognition
という公開チャンネルを開設しました。このチャンネルでは、感謝を伝えたい従業員が、具体的な行動や貢献内容を記載し、感謝のメッセージを投稿します。- 運用ルール:
- 感謝を伝える際は、必ず
@メンション
で相手を指定する。 - 具体的な行動や、それがどのように貢献したかを簡潔に記述する。
- ポジティブな雰囲気維持のため、制度の悪用やネガティブな投稿は禁止。
- 感謝を伝える際は、必ず
- 投稿例:
@山田さん いつもありがとうございます!先日〇〇プロジェクトで急な仕様変更があった際、迅速に調整してくださり、無事に納期に間に合わせることができました。きめ細やかなサポートに感謝いたします! #best_support
- 補足:
#best_support
のようなハッシュタグは、後に貢献内容をカテゴリ分けしたり、傾向を分析したりするのに役立ちます。
- 運用ルール:
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カスタム絵文字の活用: 感謝の気持ちを視覚的に表現するため、A社オリジナルの「拍手」や「ハート」のカスタム絵文字を作成し、投稿へのリアクションとして推奨しました。これにより、メッセージへの共感や称賛が手軽に表現できるようになり、チャンネルの活性化に繋がりました。
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定期的なリマインダーとワークフロー: Slackのワークフロービルダーを活用し、週に一度、全従業員向けに「今週感謝したいことはありませんか?」というリマインダーメッセージを自動送信しました。これにより、投稿忘れを防ぎ、継続的な利用を促しました。
- ワークフロー設定例:
- トリガー: 週ごとの定期的なスケジュール(例: 毎週金曜日15:00)
- アクション: 特定のチャンネル(例:
#general
または#thanks_and_recognition
)へメッセージを送信。 - メッセージ内容: 「今週の感謝の気持ちを
#thanks_and_recognition
チャンネルで伝えましょう!小さな貢献でも大歓迎です。」
- ワークフロー設定例:
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月次集計と成果報告: 月に一度、
#thanks_and_recognition
チャンネルに投稿されたメッセージを人事部が収集・集計しました。最も多く感謝された従業員や、特に素晴らしい貢献をした従業員を特定し、社内報や月例会議で紹介することで、制度への注目度を高めました。また、獲得した感謝ポイントは、福利厚生サービスで利用可能な少額ギフト(コーヒーチケット、オンラインストアのクーポンなど)と交換できる仕組みとし、制度へのインセンティブとしました。
実施結果と効果測定
ピアボーナス制度導入から6ヶ月後、A社では以下のような定量・定性的な変化が確認されました。
定量的な変化
- エンゲージメントサーベイ結果の改善:
- 「自分の貢献が認められていると感じるか」の項目で、導入前と比較して15%ポイントの上昇。
- 「チーム内での協力体制に満足しているか」の項目で、10%ポイントの上昇。
- Slack投稿頻度:
#thanks_and_recognition
チャンネルの月間アクティブユーザー数は、導入後3ヶ月で全従業員の約60%に達しました。- 月間投稿メッセージ数は、導入前のカジュアルな雑談チャンネルと比較して2倍以上に増加しました。
定性的な変化
- ポジティブなコミュニケーションの増加: チャンネル外の日常会話でも、互いの貢献を認め合うフレーズが増え、ポジティブな雰囲気が社内全体に広まりました。
- 心理的安全性の向上: 従業員アンケートやヒアリングの結果、「自分の意見を言いやすくなった」「困ったときに助けを求めやすくなった」という声が増加しました。感謝の文化が醸成されたことで、失敗を恐れずに挑戦できる心理的な安全性が高まったと考えられます。
- 一体感の醸成: 特に部署を横断したコラボレーションにおいて、感謝のメッセージを通じて互いの業務内容や貢献を理解する機会が増え、組織全体の一体感が強まりました。
効果測定のポイント
- 定期的なエンゲージメントサーベイ: 短期的な変化だけでなく、中長期的なエンゲージメントの推移を追うことが重要です。特定の設問(「貢献が認められているか」「協力体制への満足度」など)に注目します。
- Slackの利用データ分析: 特定チャンネルの投稿数、リアクション数、参加者数、カスタム絵文字の利用頻度などを定期的に確認し、活動の活発さを測ります。
- 従業員ヒアリングやフォーカスグループ: 定量データだけでは測れない、従業員の生の声や感情の変化を把握するために有効です。
成功要因と学び
A社のピアボーナス制度が成功した主な要因は以下の通りです。
- 経営層の明確なコミットメント: 制度導入の意義を経営層が強く発信し、率先して感謝のメッセージを投稿する姿勢を見せたことで、従業員全体の意識が高まりました。
- 制度設計のシンプルさ: 複雑な手続きを避け、Slackの既存機能を活用したことで、従業員が気軽に利用できるハードルの低い制度となりました。
- 継続的な働きかけとインセンティブ: リマインダーや月次報告、少額の報酬を組み合わせることで、制度の浸透と継続的な利用を促すことができました。
- Slackの親和性: 日頃から利用しているSlackを基盤としたことで、新たなツールの導入や学習コストが発生せず、スムーズな移行が可能となりました。
一方で、導入初期には「何を投稿すれば良いか分からない」「形式的な投稿になってしまうのでは」といった声もありました。これに対し、A社は具体的な投稿例を共有したり、人事部から積極的に声がけを行ったりすることで、徐々に浸透させていきました。形式的な投稿を避けるためには、「具体的な行動」にフォーカスすることを強調し続けました。
自社への応用・導入ポイント
同様のピアボーナス制度を他の組織が導入する際に考慮すべきポイントを以下に示します。
- 目的の明確化: 何のためにピアボーナス制度を導入するのか(エンゲージメント向上、心理的安全性、離職率改善など)、目的を明確にし、社内で共有することが成功の第一歩です。
- 既存ツールとの連携可能性の検討: Slackのような普段使いのコミュニケーションツールを活用することで、新たな導入コストや従業員の学習負荷を軽減できます。TeamsやChatworkなど、利用中のツールで同様の機能が実現できないか検討しましょう。
- 制度のシンプル化と透明性: 投稿やポイント付与のルールは簡潔にし、従業員全員が理解できるよう透明性を確保することが重要です。複雑な制度は利用を妨げる要因となります。
- パイロット運用とフィードバックの収集: 全社展開の前に、一部部署でパイロット運用を行い、従業員からのフィードバックを収集して改善を重ねることで、より効果的な制度に磨き上げることができます。
- 経営層・マネージャーの巻き込み: トップダウンで制度の重要性を発信し、マネージャー層が率先して利用することで、組織全体への浸透を加速させることができます。特に、マネージャーがメンバーの貢献に気づき、称賛する姿勢は不可欠です。
- 継続的な促進と評価: 一度導入して終わりではなく、定期的なリマインダー、成功事例の共有、サーベイによる効果測定などを通じて、制度を継続的に促進し、その効果を評価し続けることが重要です。
まとめ
リモートワークが常態化する現代において、従業員のエンゲージメント向上は組織の持続的な成長に不可欠な要素です。A社の事例が示すように、Slackなどの既存コミュニケーションツールを戦略的に活用し、ピアボーナス制度を導入することは、見えにくい貢献を可視化し、感謝と称賛の文化を醸成する有効な手段となります。
これにより、チーム内の心理的安全性は高まり、従業員は安心して意見を述べ、協力し合うことができるようになります。貴社でも、本事例を参考に、リモートワーク下における従業員エンゲージメント向上のための具体的な施策を検討されてみてはいかがでしょうか。