リモートワークにおけるSlackを活用した「非公式」交流促進施策:従業員の孤独感を解消し、チームの一体感を醸成する事例
導入:リモートワーク移行に伴う従業員の孤独感と一体感の低下
リモートワークへの移行は、多くの組織にとって働き方の柔軟性を高める一方で、新たな課題も生じさせました。特に、従来のオフィス環境で自然発生していた偶発的なコミュニケーションや雑談が減少し、従業員が孤独を感じやすくなる、チーム内の一体感が希薄になる、といった声が人事部門に寄せられるケースが増えています。
本事例でご紹介するサービス業のA社(従業員数約300名)も、リモートワーク全面移行後、人事部組織開発担当者が中心となって従業員エンゲージメントサーベイを実施した結果、「チームへの帰属意識」や「同僚との協力関係」に関するスコアの低下、さらには「仕事以外の雑談の機会が減少した」という定性的な意見が多数報告されました。これらの課題は、長期的に従業員のモチベーション低下や離職率の増加につながりかねない喫緊の課題として認識されていました。
施策概要:Slackを活用した「非公式」交流の意図的な創出
A社の人事部組織開発担当者は、この課題に対し、業務コミュニケーション基盤として全社で利用しているSlackを「非公式な交流の場」としても積極的に活用することを決定しました。目的は、業務とは直接関係のないカジュアルな会話や共通の関心事を通じた交流を促し、従業員間の心理的距離を縮め、結果としてチームの一体感を醸成し、エンゲージメントを向上させることでした。
単に雑談チャンネルを設けるだけでなく、Slackの多様な機能や連携ツールを組み合わせることで、参加しやすい環境を整え、偶発的な交流を意図的に創出する戦略を立てました。
具体的なアクション:Slack機能と連携ツールの活用
A社が実践した具体的なSlack活用施策は以下の通りです。
1. #random
チャンネルの活性化と日常的な雑談の促進
- 目的: 全員が参加できるカジュアルな雑談スペースを提供し、業務外のコミュニケーションのハードルを下げる。
- アクション:
#random
チャンネルは元々存在していましたが、人事主導で日替わりで軽い質問を投げかけるBotを導入しました。例えば「今日のランチは何でしたか?」「週末の予定は?」といった問いかけを自動投稿することで、会話のきっかけを作りました。- Botからの質問に対してリアクション(絵文字スタンプ)や短い返信を促し、人事担当者も積極的に参加して会話を盛り上げました。
- 「今日のありがとう」といったポジティブなメッセージを投稿できる日を設けるなど、多様なテーマを設けました。
2. 趣味・関心事別チャンネルの設置とコミュニティ形成
- 目的: 共通の趣味を持つ従業員が繋がり、深い交流を通じて孤独感を軽減し、所属意識を高める。
- アクション:
- 従業員アンケートに基づき、
#coffee-lovers
、#book-club
、#gaming
、#movie-nights
といった趣味・関心事別のチャンネルを複数立ち上げました。 - これらのチャンネルは、参加希望者が自由に加入できるオープンな設定とし、メンバーが自発的に情報を共有したり、イベントを企画したりできる場としました。
- 人事担当者は、各チャンネルにモデレーター役として参加し、チャンネルが活発に機能するよう、定期的に話題提供や小規模なオンラインイベント(例:オンラインコーヒーブレイク、読書会、ゲーム大会)の開催をサポートしました。
- 特に、
#coffee-lovers
チャンネルでは、毎週金曜日の朝に「オンラインコーヒーブレイク」と称して、ビデオ会議ツール(Zoomなど)のURLを共有し、自由参加の雑談会を実施しました。
- 従業員アンケートに基づき、
3. オンラインランチ会・飲み会の奨励とスムーズな開催支援
- 目的: 対面での交流機会が減少した分をオンラインで補い、リラックスした環境での人間関係構築を支援する。
- アクション:
- 「シャッフルランチ」のような形で、部署や役職を越えた少人数のオンラインランチ会を定期的に企画し、Slackのアンケート機能(例:Pollyなどの連携アプリ)を用いて参加者を募集しました。Pollyは、Slack内で直接アンケートを作成・実施できるツールで、簡単な選択式からフリーテキストまで多様な形式で回答を募ることができます。
- 参加者には、会社からランチ費用の一部補助を行い、参加へのインセンティブとしました。
- Googleカレンダーとの連携機能を活用し、ランチ会のスケジュールを自動で通知し、参加者はSlackから直接カレンダーに登録できるように設定しました。これにより、幹事の負担を軽減し、参加者がスムーズに予定を調整できるよう配慮しました。
- オンライン飲み会についても、イベントチャンネルを立ち上げ、テーマを決めて開催を奨励しました。
実施結果と効果測定:エンゲージメントの具体的な向上
これらの施策導入から半年後、A社では以下の具体的な効果が確認されました。
-
定量的な変化:
- エンゲージメントサーベイのスコア改善: 「チームへの帰属意識」は施策導入前の3.2点から3.9点へ(7ポイント向上)、「同僚との協力関係」は3.5点から4.1点へ(6ポイント向上)と、平均スコアが着実に改善しました。特に「仕事以外の交流機会の満足度」は大幅に改善し、従業員の満足度向上に寄与しました。
- 離職率の抑制: 施策導入前の同期間と比較して、特に若手層の離職率が約1.5%抑制される結果となりました。これは、交流の活性化がエンゲージメントを高め、従業員の定着に貢献したと分析されています。
- Slackアクティビティの増加:
#random
チャンネルのメッセージ数は月平均で20%増加し、リアクション数も30%増加しました。趣味・関心事別チャンネルも活発に利用され、各チャンネルで週に数回の交流が見られました。
-
定性的な変化:
- 心理的安全性の向上: 業務に関係ない話題で気軽に交流できるようになったことで、「職場での発言がしやすくなった」「困った時に助けを求めやすくなった」といった声がヒアリングで確認されました。
- 部署間の交流活性化: シャッフルランチなどを通じて、これまで接点の少なかった部署間のメンバーが交流するようになり、業務上での連携も円滑になったという報告がありました。
- 新入社員の早期定着: 新入社員が特定の趣味チャンネルに参加することで、共通の話題を通じて早く組織に馴染むことができ、孤独感の軽減に役立っているというポジティブなフィードバックが得られました。
効果測定においては、定期的なエンゲージメントサーベイに加え、Slackのアクティビティデータ(チャンネルごとのメッセージ数、リアクション数、参加者数など)を匿名化した上で分析し、定性的なヒアリングと組み合わせることで多角的に効果を評価しました。
成功要因と学び:自発性を尊重し、継続的なサポートを
A社の事例から得られた成功要因と学びは以下の通りです。
- 人事部門の積極的な関与とコミットメント: 人事担当者が率先してチャンネルに参加し、企画を立て、モデレーターを務めたことで、従業員は安心して交流に参加できました。
- 強制ではなく、自発性を促すスタンス: 全員参加を義務付けるのではなく、あくまで「参加したい人が参加できる」選択肢として提供したことが、従業員の心理的負担を軽減し、結果として多くの参加を促しました。
- オンラインならではの工夫: オフラインの交流を単純にオンラインに置き換えるのではなく、Slackのボット機能や連携アプリを活用し、オンラインだからこそ実現できる気軽さや多様なテーマを提供したことが成功につながりました。
- 継続的な運用とPDCAサイクル: 最初のうちは参加が伸び悩むチャンネルもありましたが、テーマや運用方法を定期的に見直し、従業員のフィードバックを反映しながら改善を続けたことが、活動の定着を促しました。
一方で、苦労した点としては、初期のチャンネル活性化に時間を要したことや、一部のモデレーターに負担が集中しないよう、運営体制を工夫する必要があったことが挙げられます。
自社への応用・導入ポイント:文化に合わせた柔軟な設計を
A社の事例は、サービス業のみならず、リモートワーク環境下でチームのエンゲージメント向上を目指す多くの組織にとって示唆に富むものです。同様の施策を自社で導入する際のポイントと注意点を以下にまとめます。
- 自社の文化と従業員のニーズに合わせたチャンネル設計: A社のようにアンケートを活用し、従業員が本当に求めているテーマや交流形式を把握することが重要です。無理に流行を追うのではなく、自社にフィットする形を見つけましょう。
- 小規模からのスモールスタートと改善: 最初から完璧を目指すのではなく、少数のチャンネルや企画から始め、効果を見ながら拡大していくPDCAサイクルが有効です。
- 管理職層の理解と協力体制の構築: 上長が「業務外の交流も重要である」という理解を示し、自身も参加することで、従業員は安心して交流に参加できます。人事部門から管理職への説明と協力を仰ぐことが不可欠です。
- 業務連絡チャンネルとの明確な区別: 非公式な交流チャンネルと業務連絡チャンネルの役割を明確に分けることで、情報が混同するのを防ぎ、従業員がそれぞれのチャンネルの意図を理解しやすくなります。
- 過度な参加の強制を避ける: 交流はあくまで自発的なものです。参加を強制するような雰囲気を作ってしまうと、かえって従業員に負担を与え、逆効果になる可能性があります。
まとめ
リモートワーク環境下での従業員エンゲージメント向上は、組織にとって持続的な成長を実現するための重要な課題です。A社の事例は、Slackという日常的に使用するツールを業務外の「非公式」な交流促進に活用することで、従業員の孤独感を解消し、チームの一体感を醸成できることを示しています。
具体的なアクションとして、#random
チャンネルの活性化、趣味・関心事別チャンネルの設置、オンラインランチ会・飲み会の推奨などが挙げられます。これらは、人事部門の積極的な関与と、従業員の自発性を尊重する運営によって成功に導かれました。
貴社でも、A社の事例を参考に、従業員のニーズに寄り添ったSlack活用施策を検討し、リモートワーク環境下でのエンゲージメント向上と組織活性化の一助としていただければ幸いです。